柴田元幸さんにきいたアメリカ文学とねむり

柴田元幸さんにきいた
アメリカ文学とねむり。

ポール・オースターをはじめ、スティーブ・エリクソン、チャールズ・ブコウスキーやスティーブン・ミルハウザーの翻訳を手がけ、その品質の高さと信頼性で人気の柴田元幸さん。アメリカ文学の研究者でもある柴田さんに、アメリカと文学と眠りについて、きいてきました。4回連続更新です。

第1夜は、古今東西の眠り文学と、眠れなくなる文学について。

第1夜
古今東西の眠り文学
眠れなくなる文学

第2夜
現代アメリカ文学と眠り
ゴシック文学では、眠りは存在論的な崩壊につながる

第3夜
アメリカは夢と新しい現実を同時に作っている
アメリカ文学に見る、意志の強さと眠りの誘惑

第4夜
リトル・ニモとセンダック
眠りぎわ文学
まだまだある眠り文学

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第1夜
古今東西の眠り文学

— 立教大学の講義(睡眠文化論講義概要*)では、どのようなことを話されたのでしょうか。

柴田 古今東西の眠りの物語というのを考えてみると、案外そういうものは少なくて、だいたいは「夢の物語」であるというのが最初のポイントです。

なのでまず、授業では夢の物語について、夢というのはどう捉えられてきたかに触れました。

簡単に言うと、昔は夢というのは共同体のものであるという傾向があった。

誰かが夢を見ると、それを村なり町なり全体で占って、町の運命を考えるということをしていました。それが近代になってくると、夢は個人に属するということになってきます。

フロイトが出てきて、夢は個人の無意識の表れであるというようになるという流れです。

それは、別に昔の考えが間違っていたとか原始的だったというよりは、そもそも「私」というものが個人のものである近代に比べ、昔は共同体によって決められていたということの表れであろう、ということを言いました。

夢の話は、夢を扱った漫画である『リトル・ニモ』(ウィンザー・マッケイ 1905~1914ニューヨーク・ヘラルド紙の日曜版に連載)とか、そういう面白いのをちょっと見せて、終わりです。

次に、改めて「眠りの物語」というものを考えると、近代以前で眠りの物語で多いのは「長い眠り」というテーマ。今でも有名なのは、白雪姫とか、眠れる森の美女、ああいうものですね。

西洋・キリスト文化圏で一番有名なのは3世紀の『眠れる七聖人』という話です。

ローマ帝国の話で、その頃はキリスト教は異端で迫害されていた。7人の若いキリスト教徒は改宗を求められ、山の洞窟に身を潜めてそのまま眠っちゃう。

それで何百年か後に目覚めると、世の中はキリスト教の文化になっていて彼らは聖人扱いされるというお話です。

「ごらんください。わたしたちは、ほんとうによみがえって、生きております。子供が母の胎内でやすらかに生きつづけるのとおなじように、わたしたちも、この洞窟のなかでやすらかに生き続け、眠りつづけたのでございます」マクシミアヌスがそう言いおわると、聖人たちは、そろって頭を垂れ、神のみこころのままに眠るがごとく息を引きとった。

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ヤコブス・デ・ウォラギネ『眠れる七聖人』1267頃 前田敬作・西井武訳 平凡社ライブラリー『黄金伝説3』所収。ウォラギネは13世紀イタリアの年代記作者)

柴田 英雄が実は眠っていて、国がピンチになったら助けてくれるというのは、アーサー王とか、そういうのもよくありますね。そういう形で長い眠りについている人、っていうテーマが多いんですね。

眠れなくなる文学

柴田 現代に一気に飛ぶと、圧倒的に不眠の話ですね。その中でも学生さんにも読んでいる人が多いのは村上春樹さんの『眠り』、あれだろうと思うんですよね。

私には眠れなくなる以前の記憶が、どんどん加速度的に遠のいていくように感じられる。それはとても不思議な感じだ。毎日夜が来ると眠っていたころの自分が本当の自分ではなくて、その当時の記憶は本当の自分の記憶ではないように感じられる。

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村上春樹『眠り』1989 文春文庫『TVピープル』所収。夫や子供にも気づかれないまま、眠れなくなる女性の話。17日間眠れず、アンナ・カレーニナを3回読み続ける。彼女は眠れるのだろうか。2010年には絵本『ねむり』として改稿された。書影は『ねむり』。)

— 村上春樹さんには『眠り』と別に『眠い』っていう話もありましたよね。『めくらやなぎと眠る女』という話もあります。

柴田 要するに、「幸福な家庭はみな似たようなものだけど、不幸な家庭はそれぞれ別の形で不幸である」っていう『アンナ・カレーニナ』の出だしと同じで、健全な眠りでは話にならなくて、「眠れないこと」が物語になるんですね。

授業の最後ではブライアン・エヴンソンという、僕が訳している人の『見えない箱』っていう話を紹介しました。これも、パントマイム師とセックスして、そのあと全く眠れなくなる女性の話なんです。

パントマイム師がマイムで箱を作っちゃって、マイム師がいなくなってもいつもそこに箱がある気がして気になって眠れない、という話です。

ところがおしまいでも、終わりでもなかった。その日、昼のあいだはいちおうマイム師のことは考えなかったが、夜になり、横になって眠ろうとしていると、何かを感じた。箱が、彼女の周りにそびえ立っているのだ。目を閉じて眠ろうとしたが、箱はなおも見えていて、瞼の内側でチカチカ燃えるように光っていた。

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ブライアン・エヴンソン『見えない箱』柴田元幸訳 2009 新潮クレスト・ブックス『遁走状態』所収。ブライアン・エヴンソンは1966年アメリカアイオワ州生まれの作家)

柴田 授業のコーディネイターである豊田由貴夫先生は、文化人類学の先生です。

彼のフィールド(パプアニューギニアでの近代化の影響や経済開発の可能性を研究している)では、そもそも不眠というものはありえない。誰も知らないし、不眠という言葉もないし、暗くなったら寝てるしかない。

やはり、電気や明かり、照明っていうものが広まって、夜でも明るくして行動できるから多分不眠というものも成立するんですよね。現代の暮らし方、夜の使い方の違いですよね、それは物語にも如実に表れているのかなぁと。だいたいそんな話です。


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村上春樹 『眠り』 (文藝春秋 『TVピープル』 画像は単行本より)

第2夜につづきます。

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* 睡眠文化論講義概要:立教大学のコラボレーション科目として2016年の1年間行われた連続講義。NPO法人睡眠文化研究会が協力している。コーディネーターは立教大学の豊田由貴夫教授。http://sleepculture.net/lectures.html

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眠れる森の美女と白雪姫、どっちも好きー。

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柴田元幸 
しばた もとゆき

翻訳家。1954年、東京生まれ。東京大学名誉教授。文芸誌『MONKEY』(Switch Publishing)編集長。『アメリカ文学のレッスン』、『愛の見切り発車』、『猿を探しに』、『柴田元幸と9人の作家たち ナイン・インタビューズ』、など著書多数。『生半可な學者』で講談社エッセイ賞、『アメリカン・ナルシス』でサントリー学芸賞、トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』で日本翻訳文化賞を受賞。ポール・オースター、リチャード・パワーズ、スティーヴ・エリクソン、レベッカ・ブラウン、スティーヴン・ミルハウザー、スチュアート・ダイベックなど、現代アメリカ文学を中心に訳書多数。現在、『村上柴田翻訳堂』を新潮社でシリーズ翻訳中。

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文芸誌 『MONKEY』

更新日:2017年1月10日 書いた人:小森岳史

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