柴田元幸さんにきいたアメリカ文学とねむり

柴田元幸さんにきいた
アメリカ文学とねむり。

アメリカ文学の翻訳で人気の柴田元幸さんに、アメリカと文学と眠りについて、きいてきましたシリーズ。今日はいよいよ第4夜(4回連続更新)。
眠りぎわ文学って、なんだ?

第1夜
古今東西の眠り文学
眠れなくなる文学

第2夜
現代アメリカ文学と眠り
ゴシック文学では、眠りは存在論的な崩壊につながる

第3夜
アメリカは夢と新しい現実を同時に作っている
アメリカ文学に見る、意志の強さと眠りの誘惑

第4夜
リトル・ニモとセンダック
眠りぎわ文学
まだまだある眠り文学

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第4夜
リトル・ニモとセンダック

— 『リトル・ニモ』に話を戻します。これは、夢の世界にいるニモという子供が、毎回新聞1ページ分の漫画でいろいろな冒険をします。そして最後のコマでは必ず夢オチで目が覚めて終わりになる、というパターンです。

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リトル・ニモ 主人公のニモ

柴田 ぼくは『リトル・ニモ』は夢オチで終わることよりも、夢の中で楽しいことはほとんど起きない、でもそれが作品としては楽しいものになるっていう、そこがおもしろいですね。

— そうした夢の物語は脈々と絵本にも受け継がれていて、例えばモーリス・センダックなどにもすごく影響があります。『まよなかのだいどころ』『かいじゅうたちのいるところ』にしても、夢オチです。

柴田 センダックの遺作もそういえば、氷の国に眠っている兄の話ですね。そして死の話ですね。死と眠りがすごく直結していて、シェイクスピアの『冬物語』が引用されていて、絵としてはあきらかにウィリアム・ブレイクの絵にインスパイアされている。

これは全然心温まる話ではなくて、本当に自分がもう死ぬのを見据えているんだなあっていう…。

『My Brother’s book』っていう、自分の兄の話と、彼はゲイだったからその恋人の話と、それが意図的に混ざっているような話なんです。そうだそうだ、忘れてたな…本気出して探せば、けっこう眠りに関する本ってあるのかなあ、一冊の本になるくらいのね。

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モーリス・センダック 『My Brother’s book』

眠りぎわ文学

— 柴田さんが責任編集されていた雑誌『モンキービジネス』の2008年夏号は「眠り号」で、そのなかで眠り文学の可能性も言及されています。そのひとつ、「眠りぎわ文学」というのがありますね。

柴田 やっぱり寝てる最中ってなると夢の中になってしまうから、ほとんど寝入り際文学ですよね。なので眠り文学のサブサブジャンルとして「眠りぎわ文学」を想定してみたんです。

— 挙げられているのは、例えばジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』です。

柴田 眠りぎわ文学の最高峰でしょうね。最終章の午前2時半、眠りに落ちていくモリー・ブルームの意識をたどったものです。

・・・彼はお父さんの馬のことを考えていたんだと思ういまごろ彼は目をさましてあたしのこと考えるかしらそれともゆめを見てるかしらそのゆめはあたしのゆめかしら誰にあの花をもらったのだろう買ったのだと言ってたけど彼は何かお酒のにおいがしたウィスキーやスタウトでなくてたぶんあまったるいビラを貼るのにつかうのりのようなリキュールいりのきつそうなみどりと黄いろのとっても高いお酒をのんでみたい楽屋に出いりするオペラハットをかぶった男たちののむようなあたしはそんなのに指をひたして味みをしたことがあるあのリスを飼ってるアメリカ人がお父さんと切手の話をしているとき彼は眠らないようにするのがやっとだった終わってからあたしたちがポートワインをのんで瓶づめの肉を食べたときあれは塩味がきいてなかなかおいしくてyesだってあたしは・・・・

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ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』1922 丸谷才一、高松雄一、永川玲二訳 集英社文庫。引用は最終章「ペネロペイア」より。)

柴田 最後イエスイエスイエスになって。集英社版ではえんえん109ページこのような内的独白が続いて、句点(マル)はふたつだけ。最後は「yesそして彼の心ぞうはたか鳴ってyesとあたしは言ったyesいいことよyes」と、肯定的なおやすみなさいで言葉も眠りにつく。

— 寝入る頃なんですよね。眠りぎわ文学、たしかにこれ、そういえばそうだなあ、って。だんだん文章が崩壊していくところが非常におもしろい。ポール・オースターの「幽霊たち」も挙げられていますね。

やがて瞼も重くなり、眠気が彼を包み込むなか、あらゆるものに色があることの不思議さにブルーは心を打たれる。我々が見るものすべて、触るものすべて、世界中のすべてのものには色があるのだ。もう少し眠らずにいようと、ブルーは頭の中でリストを作る。たとえばブルーのものたち。ブルーバード、アオカケス、、、

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ポール・オースター 『幽霊たち』 1986 柴田元幸訳 新潮文庫)

まだまだある眠り文学

柴田 あと、授業で紹介だけしたのは、『眠り姫』っていう映画(監督・七里圭)。山本直樹の漫画をベースにしてるんですけど、その漫画も内田百閒の『山高帽子』をベースにしています。

この映画、すごく特徴的で、人の顔が、人の姿がまったく出てこないんです。声は出てきて、会話とかもあるんですけど。ふつうに舞台はあって、机とか学校があって…。学校の教師が、なんかいつも眠くてさあ、って言っている。だけど、人の姿はまったくない。で、人の姿がまったくないことが、自分以外のみんなが起きてる世界を見てる感じがなくて、一種の、眠りの世界を思わせるところがある。あれは本当にもう、眠りばなを通り越して、もう寝ちゃった後みたいなことを示唆できる珍しい作品ですね。

私は暫くの間彼の前にいた。私が何か云えば、退儀そうに瞼をあげ、又思い出した様な応答はするけれど、黙つていればそのまま、ぐつたりして、首を垂れてしまふ。私は彼を眠らしてはいけない様な、また起こしても悪い様な気がした。そうして、じつとその顔を見ている内に、私自身も段段瞼が重くなり、次第に首を垂れて眠り込む様な気持ちになって来た。

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内田百閒 『山高帽子』 1934 岩波文庫『冥途・旅順入城式』所収 )

— 『モンキービジネス』の特集では、つげ義春さんの漫画も紹介されています。わけのわからぬ黒いものが…これこそ、なんていうんですかね、眠りに引きずられるみたいな感覚がありますよね。眠くないんだけど、闇の力に引っ張られていくみたいな。

柴田 こわいんだよね…なんか、日本だと闇の力が開放的なんだっていう風にストレートにはあまり言わないですよね。スティーヴ・エリクソンくらい、そこにロマンチシズムを見る人は、実は本当に世界的に見れば少ないのかもしれないですね。

うーん。こうして「眠る」をキーワードにした文学っていうと、まだまだ出てきそうな気がしますね。

— 「眠る」や「食べる」など、特定のキーワードを据えて文学を読み直すということは、文学を考える上で有効か無効か、というよりも、楽しいかどうかという視点であると思います。

柴田 それはもちろん。有効でつまらないよりは無効かもしれないけど楽しい方が、っていうか、有効か無効か、ではなく、文学は最終的には楽しさで決めるべきですよね。…眠り文学、もうすこしやってもいいなぁ。


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ジェイムズ・ジョイス 『ユリシーズ』 (集英社 『ユリシーズ』)

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みつけてみよう、もっと眠り文学!

柴田元幸さんのインタビューは今回で終わりです。ありがとうございました。

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柴田元幸 
しばた もとゆき

翻訳家。1954年、東京生まれ。東京大学名誉教授。文芸誌『MONKEY』(Switch Publishing)編集長。『アメリカ文学のレッスン』、『愛の見切り発車』、『猿を探しに』、『柴田元幸と9人の作家たち ナイン・インタビューズ』、など著書多数。『生半可な學者』で講談社エッセイ賞、『アメリカン・ナルシス』でサントリー学芸賞、トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』で日本翻訳文化賞を受賞。ポール・オースター、リチャード・パワーズ、スティーヴ・エリクソン、レベッカ・ブラウン、スティーヴン・ミルハウザー、スチュアート・ダイベックなど、現代アメリカ文学を中心に訳書多数。現在、『村上柴田翻訳堂』を新潮社でシリーズ翻訳中。

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文芸誌 『MONKEY』

更新日:2017年1月13日 書いた人:小森岳史

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