ヤマザキマリさん
インタビュー

私たちは
ホリゾンタル
クリーチャー。

ヤマザキマリさんへのロングインタビュー、全4回更新の今回は2回目です。今回はイタリアと日本との往復生活について、漫画を描いている時の睡眠法、そしてついに、古代ローマ時代のお話です。夢と現実が未分化な時代の睡眠とは?

目次

第1回 猫も人間も、寝るのがデフォルト
– 信頼関係がある生き物は一緒に寝る
– 水木しげるさんと手塚治虫さんとヤマザキさんの寝方
– 眠れる国、眠れない国

第2回 古代ローマ時代の夢と現実
– 飛行機で寝れますか?
– 現実と夢が分かれていない世界を漫画に描く

第3回 寝ることを大事にする人、しない人
– キリスト教の眠り、古代ローマ人の眠り
– 「寝てばっかりじゃダメ」な社会への反抗
– 人間は進化しない

第4回 もっとどんどん横になろうぜ!
– ヒトはホリゾンタルクリーチャー
– 立っているものは不自然、寝ているのが自然
– 寝てるのがとにかく正しい

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第2回
古代ローマ時代の夢と現実

飛行機で眠れますか?

- 今はイタリアと日本を、どれくらい行き来されていますか。

ヤマザキ 1ヶ月おきくらいです。

ー ジェット・ラグ(時差ぼけ)はありますか。

ヤマザキ あります。今、ちょうどイタリアの時間で真夜中ですから、爆睡時間ですね。太陽が出ているからとりあえず目覚めているけど、体がそれに対して反発しているのがわかる。「えー、まじで寝ないつもり!?」「あんたの年齢で今寝ないって厳しくない!?」みたいな潜在意識下の格闘を感じています。

- 毎回どっちに行っても?

ヤマザキ どっちに行っても、です。日の出に起床型なので。

- 陽が沈んだら寝て、陽が昇ったら起きるというリズムは、古代ローマの人たちも同じですね。

ヤマザキ 古代ローマ人は朝の5時ぐらいに目覚めとともに1日が始まって、午前中は仕事をし、午後は街の公衆浴場で過ごすというのが日課。夕方6時ごろ、つまり日没時間に1日が終わります。

今の私もそれとほぼ似ている生活かもしれないですね。昔は本当に朝までの夜更かしとか平気だったけど、今はもう律儀に夜の10時・11時に寝るモードに入って、明るい農村時間で目が覚めますからね。

ところが(漫画『プリニウス』*の合作を)一緒にやってるとり・みきさんは、一週間を5日か6日で生きてるような人で、寝たり起きたりする時間が毎日変動している。寝る時間がどんどんずれて、1日が24時間じゃなくて、30時間になったり35時間になったりもする。

たまに一緒に作業をするときなど、ふっと見てみるとペンを持って、絵を描いている体勢のまま寝落ちしているときがあります。そんな様子のとりさんを見てしまうと、私まで眠さが感染してしまい、気がついたら原稿用紙に描いていたものが全部枠線の外に出ていることもあります。

- 学校のノートを取っている時に同じようになることがあります。

ヤマザキ そう、まさにあの現象です。描かなきゃいけないっていう義務意識だけ残っているんですよ。枠線からはみ出た絵の原稿用紙を見ると眠くても仕事しようとしている自分が気の毒になります。


女性自身ウェブ(光文社) ヤマザキマリの地球のどこかでハッスル日記 第77回より

どんなことにも無理はよくないと思っているイタリア人には、そんなことありえないですね。眠かったら寝ますから、彼らは。イタリア人やとり・みきさんみたいに、眠さに従順な方が絶対良いですよね。

とりさんは10歳年上ですが、少なくともいつも締め切りの心配ばかりしている私よりはずっと、見た目は健康的だし若々しいです。でも、そんな時間や締め切りの捉え方の違うふたりが合作をするとなると、大変なことも少なくありません。

- ジェット・ラグの治し方とかありますか。

ヤマザキ あります。基本的に着いたらすぐ仕事。朝からできる仕事を入れたり。ジェット・ラグがあるから寝よう、とかっていう風にはしないです。

若いときは、わりとそれですぐに適応して治していたんですけど、最近は体が素直じゃなくなってきてるというか、適応するのに3日から一週間くらいの時間がかかってしまいます。年齢的にもそれはしょうがないですね。

- ふだんは寝る直前まで仕事をされていますか。

ヤマザキ そうでもないです。寝る前に本とか読みたいんですよ。漫画だけして1日が終わるより、ちょっとでも他のことをして眠りたいと思ってしまうので。仕事を終えたあと、お風呂にはいって、そのあと本読んでから寝る、というのが毎日のルーティーンになっています。

あ、でも余程眠い時などはお風呂でうたた寝をしてしまいます。あれは気をつけないと、日本ではお風呂の溺死って結構多いらしい。でも、私がお風呂で死んでしまったら、きっとみんなもの凄く納得してくれるでしょうね。「ヤマザキさんって本当に風呂好きだったんだなあ」と思ってくれる(笑)。

- 風呂のほかではうっかり寝ている時ってないですか

ヤマザキ ないです(即答)。飛行機でも絶対寝ないし、というか寝れないんです。

- 飛行機に乗っている時間はイタリアからだと結構長いでしょう。

ヤマザキ ハブ空港として乗り換えで利用するドイツやフランスと東京との行き来だって片道約11〜12時間かかりますが、でも寝たくても寝れないんですよ。周りに知らない人がいっぱいいるのが理由だと思います。眠りって無防備になるわけだし、一人きりで眠るのが一番良い。

- イタリアのお家ではご主人とは別の部屋ですね。

ヤマザキ それも同じ理由です。シカゴにいるときからそうです。一度「どうして私たちはこんなに眠れないんだ」って話になったのですが、二人とも眠りに対する欲求が何から何まで違うことがわかった。

例えば旦那は柔らかいマットレスは好きだけど、私は硬い方がいい。フトンも旦那は重たいのが好きなんですが、私は俄然軽くて暖かいのがいい。私は寝る前に読みさしの本をもうちょっと読んでいたいと思うのだけど、そうすると読書灯が迷惑で眠れないと再三文句を言われる。私は締め切りが心配だと途中で起きてしまうし。

最後には「もうやめよう、これ」って別々に寝るようにしました。一緒に寝ることができる生き物は猫だけ。

- 飛行機の中が猫だらけだったら寝れますか。

ヤマザキ 寝れます(即答)。でも、飛行機の中っていう空間は閉塞感や音もすごいですからね、猫を何度か飛行機に乗せて長距離移動しましたが、可哀想だった。まあ飛行機の中が猫だらけっていうのは現実ではあり得ませんけどね。そういえば、効果があるかもと思ってノイズ・キャンセリングのヘッドフォンも買ったんですけど、それでもやっぱり眠れないですね。

飛行機では大抵仕事をしています。そのあと自宅、または仕事場に辿り着き、そのまま仕事を続けて、その日の夜はさすがに疲れて寝る。そんなふうに無理やり現地時間に合わせます。

現実と夢が分かれていない世界を漫画に描く

- 連載中の漫画「プリニウス」は息の長いシリーズになりそうですね。

ヤマザキ そう思います。だって今描いている時代からプリニウスの亡くなるポンペイの噴火まで、あと17年もありますからね。

- このころは夢占いが重視されたり、夢を政治に利用したりしていました。

ヤマザキ 占いのようなことはしょっちゅうやっていました。この頃は、いろいろ目に見えない、非現実的な現象が、政治などに対しても効力を持つと信じられていた時代ですからね。幽霊も見える人達がいたようですし。

- とりさんのクリーチャーもすばらしいです。

ヤマザキ すばらしいですよね、フランス語版が出た時もやはり皆これが気になるらしくて、いろんな雑誌のインタビューページでこの絵が取り上げられていました。こういう突飛もない怪物に限らず、とりさんの絵が合作原稿に描かれるのが毎度待ち遠しくてたまらないです。


『プリニウス』(ヤマザキマリ、とり・みき 新潮社刊) 1巻より 海から上がってきた怪物

- この漫画独特の表現で、この時代は現実との境目がとても混沌としていたのがすごくよくわかります。キリスト教以前の話なので、分化されていないんでしょうか。

ヤマザキ そうですね。キリスト教のような宗教的拘束がまだない時代、一応神話としての神はいるのだけども、ほとんど自然発生的な倫理観や法の中だけで生きていたわけですからね。そこが面白いな、と思っています。そこが何よりも今のイタリアと古代ローマの全く違う点であると言っていいですね。

『テルマエ・ロマエ』* の実写映像を日本人のキャストがやったときに、イタリアでも日本でも周りの人からは「それは無理がありそう!」って再三言われたんですけど、日本の人には中東やヨーロッパみたいな宗教的モラルの拘束が無いですし、日本の人達の、中途半端は許せない的なストイックさは、国威のために必死になっているローマ人達に共通するようにも思うわけです。

真面目で真っ直ぐな主人公を阿部寛さんが演じて大正解だったと思っています。例えばイタリア人の俳優が演じていたら全く違う雰囲気になってしまっていたでしょう。

海外で古代ローマを実写化する時って、ローマ人の役にイギリス人が使われたりしているのですが、その理由はやはり自分に油断を許さない生真面目さじゃないかと思います。今のイタリア人みたいな「そんなことより、もっとたのしいことで人生を謳歌しようぜ」なんていう妥協感が醸し出されない。それがポイントなんじゃないかと思います。

- 現実と夢とが別れていないところは漫画を描く上で意識されていますか。

ヤマザキ 「信憑性がどれだけ大事なものなのかどうか」、ということもキリスト教的な倫理観に関わって来ると思うんです。

主人公であるプリニウスの主著「博物誌」には、実は随分適当なことが記されている。「それ、自分で調べたことじゃないでしょ」っていうことも「自分が見て来た」「自分で試した」っていうような体で書かれてある。

でも、だから面白いんですよね。もちろん他の文献から得た知識も沢山あるし、これはどこの誰々が言っていたことだ、という断り書きもあったりするんですが、基本的には興味本位に得たいろんな雑学を目のあたりにしたことのように書いている。だから読んでいても楽しいし面白い。

非常に長い書物なのに、ラテン語で書かれた書物としては文学性に乏しい、ということでその点ではあまり評価はされていません。だけど、読んでいるともう、現実か幻想なのか入り交じっているようなことや、植物や動物や宇宙なんかについての考察を書くのが彼自身にも楽しくてしょうがない、というのが伝わってくるんです。私にとって書籍が面白いかどうかは、文から想像される、その書物の著者のイメージにもよりますね。

寝ているときだけでなく、本を読んでいても妄想や夢を見ているみたいな感覚に陥るってあるじゃないですか。潜在意識化の中で意識がコントロールしないものとして出て来る感性というのか。プリニウスの書いたものにはそういう要素が込められているように思います。

- 夢を非常に重要なものとしてみていますね。

ヤマザキ 夢ってすごいですよね、あのシュールさは意図しては構築できない。夢で出て来た人に無性に会いたくなって、急に連絡したこともあります。

この間も、お友達の占い師の女性からメールが来て、「マリさん、大丈夫ですか」、っていうから、なぜ!? って思ったら「夢にマリさんが出て来ました。歯を磨いていました。何も起きていませんか」っていう質問でした。幸い何も起きていませんでしたが(笑)。

- 古代ローマではほとんど寝る姿で生活するのが通常だったそうですが。

ヤマザキ 主に食事の時ですね。横になって食べるのが体に一番負担がない、とされていましたから。直立して座る状態よりも左を下に横にして食べると、胃袋にちゃんとうまく収まり、消化にも良いという説がありますが、彼らはそれを実感していたのでしょう。

もともとはイタリア半島に住んでいたエトルリア人の習慣だと言われていますが、それを古代ローマ人が真似するようになった。

だからローマが舞台の漫画ではしょっちゅう人物が横になっている絵ばっかり描かなきゃならない(笑)。でもそんなカウチやベッドみたいなのがいっぱいあるっていう暮らしって、いいですよね。羨ましい。あと、お風呂とね。


『プリニウス』(ヤマザキマリ、とり・みき 新潮社刊) 2巻より 寝そべりながら飲み食い、音楽を聴く様子

- 食べ終わったら勉強するのも別のカウチで、真夜中になったら寝にベッドに行く生活?

ヤマザキ 学校では座らせての授業だったようですが、お金持ちの貴族とかは勉強の時も横になっていたかもしれないですね。さっきの国語の先生じゃないけど、確かに横になっているほうが人間の形状的には楽だし自然かもしれない。だって細長いものを立たせて、血が上まで上昇して下がるって大変なことですよ。

- そう言われると大変なことのように思えます。

ヤマザキ 私は足がむちゃくちゃ浮腫むのですけど、でもそれって座りっぱなしや直立二足歩行のせいだなって思うわけですよ。横になった途端に足のむくみが引けて形が変わるのが判る。それを見ていると人間っていう生き物は、やっぱりできるだけ横になっていたほうがいいんじゃないか、せめて四つん這いはどうかと、邪道なことを思うわけです。運動が好きじゃないのは、きっとこんな怠惰なことをいつも考えているせいですね。

(第2回終わり 第3回へ続きます。 第1回はこちら


*プリニウス :ガイウス・プリニウス・セクンドゥス。古代ローマの博物学者であり、ローマ帝国の艦隊の司令長官。自然界についての史上初の百科全書「博物誌」37巻を記した。79年にポンペイの噴火で亡くなった。漫画『プリニウス』(新潮45で連載中)はヤマザキさんととり・みきさんの合作。

*テルマエ・ロマエ :ヤマザキマリ著。現代日本の風呂と古代ローマの浴場なぜか古代ローマ人が行き来するという風呂コメディ。第14回手塚治虫文化賞短編賞を受賞、2012年にはアニメ化、映画化された。実写映画では古代ローマ人を阿部寛が演じたことも話題になった。

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寝ころんで食べて、牛になってもいいじゃんねー。

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ヤマザキマリ

漫画家。東京都出身。14歳で欧州をひとり旅し、その後17歳でイタリアへ渡ってフィレンツェの国立アカデミア美術学院入学、美術史・油絵を専攻。1997年に漫画家としてデビュー。比較文学を研究するイタリア人研究者との結婚を機に、シリア、ポルトガル、アメリカを経て現在はイタリア在住。

2010年、古代ローマを舞台にした漫画『テルマエ・ロマエ』で第3回漫画大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞、世界各国で翻訳出版される。

著書に『ルミとマヤとその周辺』『ジャコモ・フォスカリ』等多数。文筆作品では、『テルマエ戦記』『望遠ニッポン見聞録』『男性論』『国境のない生き方』『偏愛ルネサンス美術論』等こちらも多数。

現在は、『スティーブ・ジョブズ』(講談社:ハツキス)『プリニウス』(とり・みきと共著 新潮社:新潮45)『Gli Artigiani ルネッサンス画家職人伝』(とり・みきと共著 新潮社:芸術新潮)『ヤマザキマリの地球のどこかでハッスル日記』(WEB女性自身・エッセイ)を連載中。平成27年度 芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。

ヤマザキマリ公式サイト
ヤマザキマリ公式ブログ Sequere naturam

プリニウス』 
(新潮社 既刊 1〜5巻 共著:とり・みき)
博物学者、艦隊の司令長官、風呂好きの知識人、プリニウス。彼の時代を織り成す皇帝ネロ、ポッパエア、そして市井の人々を描き、当時の社会・文化をありありと浮かび上がらせた連載大河漫画。時代背景だけでなく、当時の世界の在りようを漫画ならではの手法で描き、国内のみならず海外でも出版、大好評を博している。現在も『新潮45』で連載中。
新潮社 Amazon

スティーブ・ジョブズ
 (講談社 既刊 1〜5巻 原作:ウォルター・アイザックソン)
ミリオンセラーとなったアイザックソンの伝記『スティーブ・ジョブズ』を完全漫画化。原作の面白さはもちろん、彼の足跡を辿るだけでなく、その思想にまで踏み込んだヤマザキマリ独自の視線も織り込まれ、相乗効果で面白さ2倍以上! 講談社『ハツキス』で好評連載中
講談社 Amazon

マスラオ礼賛
 (幻冬舎 エッセイ)
ヤマザキマリが偏愛する「男の中の男たち」=益荒男について縦横無尽に書かれている最新エッセイ。そのマスラオは、ハドリアヌス帝、安部公房、十八代目中村勘三郎から、ノッポさん、空海、山下達郎、とり・みき、果てはトムとジェリーのトムにいたるまで、総勢25名!ヤマザキ流「男性論」とも言える作品。
幻冬舎 Amazon

関連書籍
イタリア家族風林火山』 ぶんか社 Amazon
アラビア猫のゴルム』 講談社 Amazon
世界の果てでも漫画描き 2 エジプト・シリア編』 集英社クリエイティブ Amazon

更新日:2017年4月18日
書いた人:小森岳史
撮影:武藤奈緒美

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