ヤマザキマリさん
インタビュー

私たちは
ホリゾンタル
クリーチャー。

世界中に滞在し、旅を続けてきたヤマザキマリさん。そして現代だけでなく古代ローマにも視線を投げかけている、時空を超えたヤマザキさんだからこそ言える、「寝るのが自然」とは? インタビュー最終回です。

目次

第1回 猫も人間も、寝るのがデフォルト
– 信頼関係がある生き物は一緒に寝る
– 水木しげるさんと手塚治虫さんとヤマザキさんの寝方
– 眠れる国、眠れない国

第2回 古代ローマ時代の夢と現実
– 飛行機で寝れますか?
– 現実と夢が分かれていない世界を漫画に描く

第3回 寝ることを大事にする人、しない人
– キリスト教の眠り、古代ローマ人の眠り
– 「寝てばっかりじゃダメ」な社会への反抗
– 人間は進化しない

第4回 もっとどんどん横になろうぜ!
– ヒトはホリゾンタルクリーチャー
– 立っているものは不自然、寝ているのが自然
– 寝てるのがとにかく正しい

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第4回
もっとどんどん横になろうぜ!

ヒトはホリゾンタルクリーチャー

- 中東にもお住まいでしたが、シリアやアレッポの人たちの暮らしぶりはどのような印象でしたか。

ヤマザキ 中東の人たちはアラブ圏だけでなく、トルコの田舎やイラン、それから東アジアの人達も、たいてい絨毯暮らしをしています。絨毯とクッションで、結構みんな床に座ってお茶をしたりおしゃべりをしたりもするんですけど、気がついたらそのままそこで寝てしまったり。

要は垂直暮らしじゃないんです。モスクに行っても、全部絨毯で椅子は置いてない。礼拝の無い時は、隅の方で疲れた人がこうやって横になってて。

- みんな横になっている。

ヤマザキ やっぱり横になってる人がいる暮らしはいいですね。普段、普通に外に出ても、そこで横になっている人を見かける暮らし。

日本なんかでも、地方の温泉とか保養所とか行くと、畳敷きがあってそこでみんな横になっているじゃないですか。ビールを飲みながら野球の中継を見つつ奥さんがお風呂から上がってくるのを待っている。あの自分を休養させることに全てを解放している感じが素晴らしい。

中東もあんな感じです。ご近所のお宅にお邪魔すると、おばさんたちがそんなふうに羊毛や絹の絨毯の上でダラーンとしながら、誰かのうわさ話や食べ物のレシピの話をしている。基本的に寝そべることが生活の姿勢のデフォルトになっているんでしょうね。

- ご飯食べてそのまま寝て、とか。

ヤマザキ そう。部屋に入ると必ずクッション持って来られて「ほらあんたも寝な、寝な」って。日本だったら座布団くれますよね。

寝室はあるんですけど、絨毯にマットレスを直接敷いて寝ている人達もいました。誰の家にもクッションは山のようにあって、なんとなくそこにもたれかかったりしながら、体がその形にあって眠るみたいな。

古代ローマ時代の名残りかなあ、といつも思っていましたけど、クッションってほんとに曲者ですよ。モッフモフの感覚に身体を馴染ませると、たちまち眠りの誘いの触手が周りから襲いかかってくる。

そんな暮らしをしていれば当然人々には熱心に働く意欲もないし、トラブルもいっぱい発生するんだけども、「だって疲れたくないんだもん、しょうがないじゃん」みたいに言われると、そうだよね、ってなっちゃいます。


『アラビア猫のゴルム』(講談社 ヤマザキマリ著)より シリア・ダマスカスの街並み

- それよりも大事なものがあると。

ヤマザキ ええ。あの言い分には逆らえない。彼らは不可抗力でホリゾンタルになりたがる。どうしても横になりたがる。

立っているものは不自然、寝ているのが自然。

- 映画監督のピーター・グリーナウェイ* の『垂直風景』という実験映画があることを思い出しました。電信柱とか垂直に立っているものばかり写しているっていう実験映画なんです。

ヤマザキ つまり重力に対して不自然な姿勢を保っているものたちですよね、私もほんとに垂直なものに対してはしみじみ不自然だと思いますよ。

特に生き物に関してはホリゾンタルがやっぱり基本だと思う。これは進化の段階で便宜性を重視して、垂直二足直立歩行になったわけで、知性に本能が勝ってしまったわけじゃないですか。それまでは四つん這いとまではいかなくても、地表にもっと近い姿勢で生きていたんですからね。

ナマケモノみたいに横にしかなれない生き物を卑下した名称で読んでいるけど、人間だって社会性や生産性を取り除いたらほぼああなるんじゃないですかね。椅子に座りながら居眠りしてたり、電車のつり革につかまったまま立ちながら寝てる人とか見ていると、ホリゾンタルにしてあげたい!と思いますよ。

- ヤマザキさん自身はどうですか、人間としてそれがいいというのはわかる。自分としては、やっぱり、立っちゃう?

ヤマザキ 漫画家になっていなかったら、絶対ホリゾンタルです(笑)。間違いない。学生時代は朝の4時帰りでダラダラ昼ぐらいまで寝てて。もうしょうがない今日は仕事できない、とか言ってまたふて寝したり。

若い時はホリゾンタル率が高かったです。でもこのままでは飢え死か凍え死にするかもしれないと思って、ある日直立二足歩行になって仕事を探しに行った。

- お子さんが生まれてから「立つ方」に行かれたんでしょうか。

ヤマザキ 子供が生まれる前から仕方なく立ってましたけど(笑)、取りあえず彼にはホリゾンタルだけでなくバーチカルな生き方を見せておくか、と思って。「バーチカルな生き方」って表現いいですね(笑)。

- 見せとかないと、ってそこで思われた。

ヤマザキ 一生懸命働く事が良い事だ、とは自分がそう思っていないわけだから、彼にもそういう教育はしていません。でも、人間という生き物は社会に出てお金を稼がなきゃ飢え死にして死ぬようにできている、ということは最初から言っていました。彼は今ではアメリカという社会のなかでとても勤勉な大人として勉学に励んでいますが、たまにはホリゾンタル暮らしもしろよ、と言ってます。

私は彼に、母親という大人の袋をかぶった子供ということも見破られているし、ホリゾンタルに慣れてしまうと大変なことになる、というのも母親の経験談で良く知っている。でも、決してカリカリしているタイプの人でもない。そばにいるだけでなんだかこちらが眠くなるようなオーラが出ている人です。

- 理想的ですね。

ヤマザキ そう。そばにいるだけで人に安静を与える。ミャンマーとかでお坊さんになるのが合ってるんじゃないかなと見てて思うことがある。あくせくしたところがなんにもない。猫的体質ですね。

そういえばあの子も今の家に猫がいなくて辛いと言っていました。猫もホリゾンタルクリーチャーだからですね。

- ギリシャ彫刻はみんな立ってます。雄々しく。あれは強い意志がある現れですか。

ヤマザキ ギリシャ哲学にもいろいろありますが、やはり人は立ち姿が凛々しくて美しいとされていましたから。

ただ、エトルリア人* の墓の彫刻はみんなホリゾンタルです。妻と旦那がこうやって同じ方向を見て寝そべっているのがあったり、ダボッとしたお腹が下に垂れたまま寝そべっているおっさんがいたり、お墓の彫像は見ているとどこかほのぼのします。そして埋葬品にはあの世に行っても困らない家事の道具がびっしり揃えられていたりして。そんなのをみていると人生を謳歌していたんだなあ、と痛感させられます。

生真面目なギリシャ人が初めてエトルリアの人達の様子を見た時、きっと「何だ、この緊張感の無い有様は!」って思ったに違いありません。

こいつらどういう暮らししてるんだ、こっちはあくせくギリシャ哲学者の本を読んで、悲劇を見て、倫理観、道徳観とか養って、懸命に働いて頑張っているのに、って。しかも、オリーブも美味しい、ワインも美味しい、貴金属もすごい。音楽に合わせて踊ったりしている人達も皆楽しそう。

そんなふうにエトルリア人が悠悠自適に暮らしているのを見た時に、ギリシャ人を始めとする周辺の民族は、たいてい同じ人間として不条理なものを感じたと思います。

- そこの地方の人のお墓はみんなそうなんですか。

ヤマザキ あのお墓のホリゾンタル・スタイルはローマ文化には影響していないですね。でも、横になってご飯を食べる習慣だけはそっくりそのままローマ人達が踏襲しました。


エトルリア人の墓 Photo By 2010-2014 SBAEM Museo Nazionale Etrusco di Villa Giulia – CC BY NC 3.0 –

寝てるのがとにかく正しい

ヤマザキ とにかく、寝ている姿勢というのは人間にとって極めて正しい、平和的な姿勢だと思うのです。横になっていれば、地震で揺れても倒れたり転ぶこともない(笑)。古代エトルリアの人達や中東のひとたちが横になりがちなのには、やはり他と比べて、立って移動したり逃げたりしなくていい環境があったからなんじゃないかとも思うのです。

- 垂直なものだけで構成されているのがアメリカみたいな資本主義の国ですか。

ヤマザキ 暮らしていたシカゴなんて部屋の窓から見渡す限り高層ビルだらけで、爪楊枝みたいでしたね。爪楊枝を針山みたいに刺した感じ。外を歩いていても針山の底にいるような感じです。

引っ越した時は、何一つ横になっていない、そんなバーチカルな光景に息苦しさを感じました。だからあの頃はしきりとお風呂に入ってる人や古代ローマ人を描いて凌いでいた。寛いでいる人を描くと落ち着くんです。

- ご主人はどうですか?

ヤマザキ 旦那は常に地面に対して90度直立のマッチ棒みたいな人です。でも寝る時は徹底的に寝る。オーソドックスなイタリア人ですから昼寝も欠かさない。そのくせ、いつもベッドの上はぐちゃぐちゃで「何よ、これ」って言ったら、「こういう方がいいんだ、自分の巣みたいで寝やすいから」っていうんです。

綺麗にすると逆に落ち着かない。ホリゾンタルであることに対する肯定的な気持ちが潜在意識下にあるんでしょう。普段はマッチ棒でも、自分が生命力を養える場所は、このぐちゃぐちゃの寝床なんだ、ってね。

* ピーター・グリーナウェイ:イギリスの映画監督。『コックと泥棒、その妻と愛人』(1989)、『ZOO』(1985)などが有名。『垂直風景』Vertical Features Remakeは https://vimeo.com/28781845で視聴可能。

*エトルリア人:イタリア半島の先住民族のひとつ。紀元前7世紀から前6世紀前後まで現在のトスカナ地方で主に繁栄した。独自のエトルリア文明を築き、前6世紀末にはエトルリア人のタアルクィニウスがローマを征服したがのちに追放され、その後、徐々に消滅していった。参考:ジャン・ポール・テュイリエ『エトルリア文明』1994 知の再発見双書37 創元社刊

(ヤマザキマリさんのインタビューはこれでおしまいです。ヤマザキマリさん、ありがとうございました。ホリゾンタルに大共感です! 第3回はこちら

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ホリゾンタルに生きていこう。。。

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ヤマザキマリ

漫画家。東京都出身。14歳で欧州をひとり旅し、その後17歳でイタリアへ渡ってフィレンツェの国立アカデミア美術学院入学、美術史・油絵を専攻。1997年に漫画家としてデビュー。比較文学を研究するイタリア人研究者との結婚を機に、シリア、ポルトガル、アメリカを経て現在はイタリア在住。

2010年、古代ローマを舞台にした漫画『テルマエ・ロマエ』で第3回漫画大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞、世界各国で翻訳出版される。

著書に『ルミとマヤとその周辺』『ジャコモ・フォスカリ』等多数。文筆作品では、『テルマエ戦記』『望遠ニッポン見聞録』『男性論』『国境のない生き方』『偏愛ルネサンス美術論』等こちらも多数。

現在は、『スティーブ・ジョブズ』(講談社:ハツキス)『プリニウス』(とり・みきと共著 新潮社:新潮45)『Gli Artigiani ルネッサンス画家職人伝』(とり・みきと共著 新潮社:芸術新潮)『ヤマザキマリの地球のどこかでハッスル日記』(WEB女性自身・エッセイ)を連載中。平成27年度 芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。

ヤマザキマリ公式サイト
ヤマザキマリ公式ブログ Sequere naturam

プリニウス』 
(新潮社 既刊 1〜5巻 共著:とり・みき)
博物学者、艦隊の司令長官、風呂好きの知識人、プリニウス。彼の時代を織り成す皇帝ネロ、ポッパエア、そして市井の人々を描き、当時の社会・文化をありありと浮かび上がらせた連載大河漫画。時代背景だけでなく、当時の世界の在りようを漫画ならではの手法で描き、国内のみならず海外でも出版、大好評を博している。現在も『新潮45』で連載中。
新潮社 Amazon

スティーブ・ジョブズ
 (講談社 既刊 1〜5巻 原作:ウォルター・アイザックソン)
ミリオンセラーとなったアイザックソンの伝記『スティーブ・ジョブズ』を完全漫画化。原作の面白さはもちろん、彼の足跡を辿るだけでなく、その思想にまで踏み込んだヤマザキマリ独自の視線も織り込まれ、相乗効果で面白さ2倍以上! 講談社『ハツキス』で好評連載中
講談社 Amazon

マスラオ礼賛
 (幻冬舎 エッセイ)
ヤマザキマリが偏愛する「男の中の男たち」=益荒男について縦横無尽に書かれている最新エッセイ。そのマスラオは、ハドリアヌス帝、安部公房、十八代目中村勘三郎から、ノッポさん、空海、山下達郎、とり・みき、果てはトムとジェリーのトムにいたるまで、総勢25名!ヤマザキ流「男性論」とも言える作品。
幻冬舎 Amazon

関連書籍
イタリア家族風林火山』 ぶんか社 Amazon
アラビア猫のゴルム』 講談社 Amazon
世界の果てでも漫画描き 2 エジプト・シリア編』 集英社クリエイティブ Amazon

更新日:2017年5月2日
書いた人:小森岳史
撮影:武藤奈緒美

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