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連載2回目にして早くもイレギュラーな内容であることを許されたい。

というのも、今回の調査は「入眠の儀」の紹介ではない。ただし、本連載の趣旨である「さまざまな眠りのかたちを世に知らしめること」という点からすれば、これ以上ない貴重なサンプルであることは保証する。

筆者が彼女と出会ったのは、古い友人である某ラッパー氏の恋人として、だった。会えば挨拶する程度の間柄で、その後彼と結婚した彼女とたまたま長く話す機会があったとき、隙を見て入眠の話をふってみたところ、手ごたえがあった。それはもう、かなりの。すぐに将来のインタビューの約束をとりつけ、そして今回の対面調査に至った次第。

よく晴れた昨年12月の上旬、向かったのはつくば駅から車でさらに30分ほど進んだ山の奥。山肌に這ってうねる道路の側にちょこんと、大きな森を背負った小ぎれいな一軒家のリビングで、手作りのケーキを食べながらインタビューは始まった。

入眠調査室室長:古川 耕

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入眠調査 FILE:02
一日10分しか寝てなかった人
(後編)

調査対象 「くぅ」さん

くぅさん02

1976年群馬生まれ。大学で発達心理学専攻。在学中、パントマイムを経てシャボン玉芸人に弟子入りし、アスベスト館門下生としても舞踏などの舞台にも立つ。卒業後渡英。植物学や園芸、ガーデンデザインを学び、ケンブリッジ大学のマスターズガーデン専属の庭師となる。帰国後子ども英会話講師の傍ら、裏高尾に住み森でネイチャースクールを立ち上げ主催。写真家としても活動。結婚を機に住まいを筑波山に移してからはヒッソリと森に暮らし、森の写真とエッセイを発信し続けている。

睡眠問診票

入眠時刻と起床時刻 : 22:00~2300 から 7:00
平均睡眠時間 : 9~10時間(+時々ウトウト)
寝るときの服 : そのまま散歩に行けなくもない服装
ベッドor布団 : ベッド
寝るときの部屋の明るさ : 基本何でもOK(布団や体制で調整)
寝る前に必ずすること : 考え事
睡眠とは? : 命へのご褒美

前編はこちら)

極限の睡眠不足が続くと人はどうなるのか

古川 自分の家で写真の現像って、いわゆる暗室での作業ですよね? まっ暗な中で、寝るにはうってつけの環境じゃないですか。

くぅ そう! そうなんですよ!

古川 寝落ちとかってなかったですか?

くぅ いや、してましたよ。何度もしました。気づくとこう、酢酸液の中に手がチャポーンって入ってた。あと、妙にあくびが止まらないなと思っていたら、石油ファンヒーターをずっとつけっぱなしで、それで酸素不足に……。

古川 一酸化炭素中毒的なやつだ。

くぅ 「なんかあくびが止まらない……やっぱり眠いんだな」って思っていたら、お湯が出る給湯器も止まって……。

古川 空中の酸素濃度が足りないと。

くぅ そうそう。「あれっ? お湯が出なくなった」って。で、「ちょっと休憩にするか」って。灯油もなくなったんで、「24時間灯油が買えるところはどこだろう?」って外に出て、それで助かったっていう。

古川 端的に言って、死ぬ直前でしたね。電車の中とかはどうだったんですか?

くぅ 電車は、もう、寝てます。

古川 立ち寝もやってました?

くぅ 立ち寝ですね。それは学生時代から普通だったんで。だからまぁ、細かいところでちょくちょく寝ていたんだとは思いますね。いま思うと。

古川 「寝る」というよりは本当に「意識が落ちているだけ」っていう感じでしょうけどね。

くぅ そうですね。だからたぶん、自分でも気づいてないけど寝ちゃっている時が結構あったんだと思います。実際には10分、20分とかじゃなくて。生徒のお母さんたちとのメールも記号を含む宇宙語になっているのを送っちゃったりとかしていたので。たぶん作業をしているつもりでも寝ていたんだと思います。

古川 睡眠不足が続くと、怒りっぽくなったり、イライラしたりとかしませんでした?

くぅ してたと思いますね。肌もボロボロでしたし。

古川 普通に不調は不調だったのか……その生活がもうちょっと続いたてら、身体に深刻なダメージが残りかねませんでしたね。

くぅ うーん、身体は悪くしました、実際。

古川 病院に担ぎ込まれたり、そういうことはなかったんですか?

くぅ そこまではなかったです。でも、夫と一緒に住むようになって、ちょっと寝るようになったら逆にガタガタガタ!って体調が崩れましたね。身体から毒が出るじゃないですけど、「寝れるようになったんだ、私!」みたいな感じで身体が一気に反応して。

古川 いままでの無理のつけが一気に出たんでしょうね。

くぅ はい。もう最後は1ヶ月間ぐらいカフェのバイトも行けない状態になって、それで辞めざるを得なくなって。身体が持たなくなっちゃったんです。

古川 やっぱり身体はSOSを出していたんですね。

くぅ そうかもしれないです。まあ、街で働きたくなかったっていうのもあるのかもしれないですけど。

古川 じゃあ、この短眠生活が終わったきっかけは、結婚ですか。

くぅ そうですね。夫と暮らすようになってからです。相手の睡眠サイクルに合わせていった結果、自然と寝るようになりました。

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「もうとにかく寝て」

古川 しかし壮絶ですね……いちばん寝ていない期間って、つまりベッドにもほとんど入っていないとか、そういうことですか?

くぅ いや、10分、15分寝るぞ!って、気合いを入れてお布団に入ってました。

古川 その状態で10分20分でパッと起きれるものなんですか?

くぅ 眠りが浅かったんでしょうね。電車で居眠りをして、降りる駅の寸前で目が覚めることってあるじゃないですか。毎日あんな感じです。

古川 目覚ましが鳴る瞬間になぜか目覚めるみたいな。

くぅ そうそう。ベルが鳴る時にはもう半分起きているみたいな状態。

古川 ずっと気が張っている状態だったんでしょうね。スイッチがオフにならないまま、ずっと。

くぅ そうですね。本当にそうだったんだと思います。

古川 それ、続いていたら早死にするパターンです。

くぅ ほんとにほんとに。「私=寝ていない人」っていう代名詞になっていた時期があって、よく友達からは「もうとにかく寝て」って言われてました。

古川 有名だったんだ。

くぅ 「いつメールを送ってもすぐ返事がくる」みたいなことをよく言われていて。でも、まわりで写真をやっている人たちとか、デザイナーの友達とか、寝ないで作業している人が多くて。夜中の3時とかでもメールのやり取りを普通にしていたんで、だからそれが当たり前だと思っていたんですよね。

古川 そういう人でも週末とかは普通に寝てたと思いますよ。

くぅ そうなんですよね。きっと。いまになれば、そうだと思います。

古川 おもしろいなぁ。

短睡眠の人は水を飲まない人でもあった

古川 さっき、季節ごとに2~3日寝るって言ってましたが、具体的にはどうやって寝てるんですか?

くぅ その時によるんですけど……だいたいまず、すっごい高熱が出る。

古川 ははは!

くぅ 細胞が浄化しようとしているのかなんなのか……細胞の一個一個が熱を持っちゃっているような、爪まで熱を持っているぐらいの感じで、ブワアッと出るんですよ。

古川 はぁ。

くぅ とにかく高熱が出て、それが一晩であらかたヒュッと冷めるときもあるんですよ。そのときは、「あーいい熱出した!」っていう感じで。

古川 放熱した感じだ。

くぅ フワ~ッっていう感じで、爽快な感じさえあるんですけど。でも、本当にひどい時は何日もダラダラダラダラ熱が引かず。

古川 それでもう、布団の中でこんこんと寝続けるんですか?

くぅ そうですね。もう、布団から出られない状態なので、そうなると身体中が痛くなるまで寝てましたね。記憶が飛んじゃうぐらい寝てます。

古川 なにからなにまで極端ですね。

くぅ 寝るっていうのではなくて、意識が飛んじゃって。それで身体が痛くて目が覚めて、「そうか、私、熱を出して寝てたんだ」みたいな。

古川 その間、食事とかはどうするんです?

くぅ とれないですよね。

古川 (小声)よく生きてたな。

くぅ しかも水を飲めないんですよ。

古川 ……? 

くぅ お茶は飲めるんですけど、でも、水が飲めなくて。

古川 なに……なにが飲めない?

くぅ だから、寝込んでいる時にお茶を飲みたいんですけど、そんな状態だからお茶を淹れられないじゃないですか。お湯を沸かして、なんてとてもできないから。で、「水を飲もう」っていう選択肢にはいかないんですよね。

古川 あの……水のなにがダメなんですか?

くぅ 小さい頃から、水を飲むっていうのがよくわかんないんです。

古川 えっ。結構な人が飲んでますよ。水を、毎日、この瞬間にも。

くぅ そうですよね。私も、山に行って「ここの湧き水が美味しいよ」って言われると、ちょこっと飲んで味わうと、「ああ、たしかに」って思う時もあるんですけど……水を買って飲むっていうのが、そこに古川さんのお水がありますけど(ペットボトルを指さして)、私はしたことがないんです。なんか、味っていうか、なんかがないと……。水って味わわないじゃないですか。だから意味がわからないというか……。

古川 おやおやおや……これも結構珍しいパターンですよ。

くぅ 変な方に行っちゃいましたね。すいません。

古川 そういうときは普通、なにはなくとも水分をたくさん取った方がいいって言われてますよね。

くぅ はい、そう言われてますよね……でも、飲まない。というか、その考えに至らない。

古川 もう一回言いますけど、よく生きてましたね、いままで。

くぅ 本当、そうだと思います。一度、本当に友達が心配をして、「救急車呼ぶから!」って電話があって、それで仕方なく自力で病院まで這っていったら、即点滴を打たれました。水分が足りなかったんでしょうね。

古川 「水飲まねえしコイツ」っていうことで。あ、そうだ、お酒は飲むんですか?

くぅ お酒、好きです。最近はあんまり飲まなくなりましたけど。

古川 寝てない時期にもお酒って飲んでました?

くぅ 飲んでましたね。

古川 それでよく寝ずにいられましたね。酒飲むと寝落ちしちゃう人も多いじゃないですか。

くぅ そうですよね。でも、お酒はいちばん寝てなかった期間がいちばん飲んでました。

古川 基本的に死のうとしているとしか思えないですよ。

くぅ 全然、すごいイキイキと生きていたんですけどねぇ、自分の中では。たぶん、躁鬱の躁がずっと続いているような感じだったのかもしれないです。

古川 傍目では完全に自殺願望ですけどね。

くぅ ははは。変なところに話がそれちゃってすいません。

古川 いやいや、素晴らしいです。そういうのもなにか全部繋がっている気もしますよ。

くぅ かもしれないですね。砂漠に生きている植物って、強いじゃないですか。水が少しだけで何日でも大丈夫とか。そういう感じだったのかもしれません。基本的には、寝るのは大好きなんですけどね。

古川 え、そうなの?

くぅ ものすごい寝るのが好きだったんです。小さい頃は逆に、本当に寝てばっかりだったんです。うちの家族に聞いたらそれ、必ず言うと思いますけども。中高の頃は本当によく寝ていました。

古川 そうなのか……。

くぅ そうです。でも、あの頃はどこか、寝ることに罪悪感を憶えてましたね。8時間寝たとしたら、その間にどれだけのことができるだろう?って考えちゃって。だからやっぱり健全ではなかったと思います。

古川 いまはじゃあ、ちゃんと心ゆくまで寝られるようになってよかったですね。

くぅ 本当にそう思います。


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くぅさんの壮絶なショートスリープ時代は、人生のある時期に与えられた危険なボーナスタイムのようなもの。決して人には勧められず、笑ってばかりもいられないのだが、しかし人の適正な睡眠時間とはなんなのか、考えさせられる大きな示唆に富んでいる。

人によって適切な食事の量や回数が異なるように、睡眠もまた人によって──あるいは年齢や環境によって──必要量は異なるのではないか。「正しい睡眠」に縛られず、時には自分のしたいように自由に寝たり起き続けたりしてもいいのではないか? 睡眠とカラダとココロは、お互いに影響しあう三角関係だが、そのパワーバランスは変わり続ける。睡眠を24時間のサイクルではなく、人生のスケールに置いてみれば、またなにか新しい発見がありそうだ。

それはそうと、水が飲めないってヤバいね!

くぅさんの入眠調査・前編はこちら!

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古川 耕
1973年生まれ。フリーライター、放送作家。「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」「ジェーン・スー 生活は踊る」(共にTBSラジオ)などの構成を担当。アニメーションやコミック、HIPHOP、文房具について執筆。年に一度のボールペン人気投票「OKB48選抜総選挙」主宰。人が眠りにつく過程を必要以上に細かく聞き取っていく「入眠調査」を密かな趣味とする。詩人でデザイナーの小林大吾と制作ユニット「四〇四号室」を主宰。
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今は健康になって、ホントに良かったー。

更新日:2017年1月27日 書いた人:古川耕

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