イノシシは夜行性?

睡眠ライブラリー

イノシシ生態研究の第一人者、江口祐輔先生に聞いてみました

2019年の干支はイノシシ。田畑の農作物を荒らしたり、突然人里に現れてニュースになったり……。近年、とかく害獣扱いされているイノシシですが、はたしてその素顔はどんな動物なのか、一般にはあまり知られていないのが現実です。

たとえば、夜行性のイメージがあるけれど、野生のイノシシはいつどこで、どのくらい眠っているのか。知らないですよねぇ。そこで、野生動物の行動学、ことにイノシシ生態研究の第一人者である江口祐輔先生(西日本農業研究センター 鳥獣害対策技術グループ長)を電話で直撃。イノシシの睡眠を中心に、獣害を防ぐためのポイントなどを伺いました!

イノシシが「夜行性」というのは誤解です。

イノシシにとって田畑の作物はごちそうです。そして、田畑が荒らされるのはほとんどが夜の出来事。だから、イノシシは夜行性の動物だと思い込んでいました。でも、「イノシシは夜行性なんですよね?」と質問すると、江口先生からは意外な答えが返ってきました。

『いいえ、本来、イノシシはどちらかといえば昼間、明るい時間を好んで行動します。でも、野生動物はそもそも警戒心が強く、田畑など人間の生活域に入るときには人間を警戒するので、田畑に侵入するのは夜間が多いだけのことです』
(以下『』は江口先生からのお答えです)

ええっ? そうなんですね。いきなりの誤解を知らされて、イノシシへの興味が膨らみます。江口先生に、いろいろとイノシシのことを聞いていきましょう。

イノシシの、1日の睡眠時間はどのくらいなんでしょう?

『正確な睡眠時間を知るには脳波を計測する必要があり、野生のイノシシについての詳細な研究はまだ行われていないはずです。ただ、私自身が長年イノシシの生態を観察してきた結果でいうと、イノシシが起きて行動するのは1日のうち1/3の8時間程度。残り2/3の時間は休息して過ごしています』

ほとんど寝て暮らしているんですね!?

『そうですね。起きている8時間の行動は、ほとんどが餌探しです。人間に飼育されているイノシシを観察すると、昼間だけ活動して夜はぐっすり眠っていますよ』

野生のイノシシの、寝る場所は決まっているんですか?

『いいえ、ひとつの決まった場所で寝るわけではありません。休息する場所のことを私たちは「ねや(巣のような場所)」と呼んでいます。イノシシは穴掘りが得意なので、少し穴を掘って草を敷いたり、藪を利用してドーム型のねやを作ったりしています。イノシシはテリトリーをもたないので、ほかの群れなどと遭遇しないように警戒しつつ、家族でねやを移動しながら暮らしているイメージですね』

イノシシって群れで行動するんですね?

『はい。メスを中心とした母系家族で、数頭のメスと子どもたちが一緒に行動していることが多いです。ただ、頭数は多くても15~20頭程度。あまり大きな群れではありません。また、子ども(ウリボウ)が生まれたばかりの時期は、1頭の母親とその子どもだけで行動します。ちなみに、成長したオスは群れには加わらず、単独で行動しています』

人間の子どものように、ウリボウもよく眠るんですか?

『そうですね。子どもが生まれて一週間くらいは、1日のうち行動するのは2割程度(5~6時間)で、あとはずっと休んでいます。ただ、24時間、およそ40分間隔で授乳するので、長時間続けて眠っていることはありません』

正しい対策をすればイノシシの獣害は防止できる!

森の中で授乳しながら休息するイノシシ親子

なるほどぉ。森の中で授乳しながら休息するイノシシ親子の姿が目に浮かぶようです。なんだか、野生のイノシシが愛おしくなってきました。でも、実際にイノシシによる獣害は、全国各地で問題になっているんですよねぇ。

農林水産省の『全国の野生鳥獣による農作物被害状況について』(平成28年)のデータによると、獣害の主犯はイノシシとシカ。平成11年ごろをピークに農作物の獣害は減少傾向ではあるようですが……。

日本国内で、野生のイノシシやシカの数は増えているんですか?

『人間の生活にあまり関係のない奥山で暮らすイノシシやシカまで含めた個体数は、正確に把握するのが困難ですし、数えても獣害とはまったく関係がないので興味はありません。大切なのは、人間が耕す農地や人里に行けば餌があることを覚えてしまった個体への対策をどうするかです』

環境省のデータを見ると、捕獲数は増えているようですが……

『はい。イノシシとシカを合わせて、平成9年に20万頭程度だったのが、今はおよそ120万頭にまで増えています。でも、農作物への獣害はそれほど減っていません。自治体などからの要請で捕獲する猟師さんは、獲物を捕まえやすい山の奥深くに入って猟をすることが多いですが、獣害をもたらすのは人里近くで暮らす個体ですからね。奥山で捕獲されるシカやイノシシは、獣害については無罪です。また、イノシシは学習能力が高いので、農地や人里近くに罠を仕掛けても、田畑を荒らすイノシシは罠を見切ってなかなか捕らえることができません』

では、イノシシの獣害は防ぎようがない?

『そんなことはありません。ただし、捕獲するだけでは効果は薄い。たとえば、耕作放棄地に果樹があったり、出荷できないなどの理由で農地の近くに残渣(人間にとっては傷んだ野菜でもイノシシにとってはごちそうの山!)を放置したりすれば、野生のイノシシを呼び寄せる原因になってしまいます。農地付近のそうした状況を改善して、柵の設置などの対策を正しく行えば、獣害を防ぐことは可能です。実際に、正しい対策を実践して、獣害ゼロを実現できている地域はたくさんあります』

そもそも、イノシシは人を襲うんですか?

『いいえ、人を襲ってもイノシシには何のメリットもありませんから。私自身、山の中で何百回も野生のイノシシに遭遇していますが、追われたことは一度もありません。子どもを守るために、うかつに近づいた人間を追い払おうとすることはあるでしょうが、多くの場合、人間が何らかの原因を作ってイノシシがパニックになってしまう「人災」であることがほとんどでしょう』

誤解と手抜きが人間もイノシシも不幸にしちゃう……

ちなみに、江口先生がイノシシ研究に打ち込むようになった理由は『動物行動学の研究を始めたころ、豚のことを調べる過程で祖先種であるイノシシとの比較をするうちに、イノシシは研究者が少なく、あまりにもわからないことだらけだった』からとのこと。

『臆病で繊細、犬や馬に匹敵するほど学習能力も高い。イノシシの素顔や行動を知るほどに、調べれば調べるほどに味があり、イノシシ研究を深めることになりました』

そういえば、イノシシは「猪突猛進」で急な方向変換が苦手というのはただの都市(農村?)伝説で、とても敏捷に動くということが、しばしばメディアでも紹介されています。

『従来、実際にイノシシに遭遇した体験をもつのはほとんどが猟師さんだったでしょう。命を取られるかどうかの緊張感の中で、猪突猛進な姿を目にしたのかもしれません。イノシシはミミズが大好物というのも誤解です。獣害対策がうまくいっていないのは、柵などの対策に手抜きをしていることがほとんどですし、人間社会がイノシシの生態に対して無知であることも原因のひとつといえるでしょう』

イノシシの睡眠について知りたくて、江口先生にお話しを伺ううちに、獣害対策、ひいては野生動物と人間の付き合い方まで学ぶことができました。考えてみれば睡眠や食事は、イノシシにとっても人間にとっても「生態=ライフスタイル(生活習慣)」の基本です。いやぁ、睡眠ってやっぱり奥が深いですね。

江口先生、ありがとうございました!

(世界睡眠会議編集部)


江口 祐輔 先生
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 西日本農業研究センター 畜産・鳥獣害研究領域 鳥獣害対策技術グループ長。動物行動学や鳥獣害対策の第一人者。ことにイノシシの専門家として活躍。
著書
『本当に正しい鳥獣害対策Q&A: 被害の原因は「間違った知識」にあった!』
『決定版 農作物を守る鳥獣害対策: 動物の行動から考える』

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