


世界には、心地よく眠りへ誘う、素晴らしい音楽がたくさんあります。
そんなDreamtime Songs~世界の眠族音楽をブロードキャスターのピーター・バラカンさんがセレクトします。
ピーター・バラカンさんが第9回のDreamtime Songに選んだのは、アメリカのシンガー・ソングライター、J.J.ケイルが1972年に発表したファーストアルバム『Naturally』から、「Magnolia」です。
エリック・クラプトンなど数多くのギタリストに深い影響を与えたJ.J.ケイル。34歳で発表したこのファースト・アルバムで、彼は独自のスタイルを確立します。それは、ブルース、ジャズ、フォークなどを融合させた世界。その中でもこの曲、「Magnolia」は今の季節のうたたねにぴったり。この曲とJ.J.ケイルについて、バラカンさんにお聞きました。
(取材・文 高橋芳朗)
ピーター・バラカンが選ぶ 世界の眠族音楽 J.J.ケイル
大好きだったラジオ番組から流れてきたJ.J.ケイル
ー 今回バラカンさんに選んでいただいたのは、J.J.ケイルの「Magnolia」。1972年発表のファーストアルバム『Naturally』の収録曲です。
バラカン (持参した『Naturally』のレコードジャケットを手に取って)変わったジャケットだよね。なにも知らないで見たらまず買わないと思う(笑)。(アーティスト名もタイトルもない当時のイギリス盤です)
初期の『Naturally』ジャケット。アーティスト名もタイトルもない
ー この絵にはなにか意味が込められているのでしょうか?
バラカン さあ、どうなんだろう。決してジャケ買いをしたレコードではないですね(笑)。
ー バラカンさんは発売当時に購入されたのですか?
バラカン そうですね。なぜ買ったかというと、チャーリー・ギレットという僕が大好きなDJのラジオ番組『ホンキー・トンク』で聴いたのがきっかけなんです。たぶん「Call Me the Breeze」か、あるいは「Crazy Mama」がかかったのかな?
ー 『ホンキー・トンク』について詳しく教えてください。
バラカン 番組ができたのは1972年だったと思います。日曜日のお昼12時からの1時間番組で、わりと始まって間もないころから聴いていたのを覚えています。最初は50年代のロックンロールをよくかけていましたね。それまでは、50年代のロックンロールをかけるような番組はほとんどなかった。ちょうどそのころロックンロールのリイシュー・ブームが始まりつつあったんですよ。
ー 1972年の時点で、ですか。
バラカン ロックンロール・リヴァイヴァルが1970年ごろから始まったんです。あのころ、チャック・ベリーやファッツ・ドミノのベスト・アルバムが急に出始めたんですよ。それまでは彼らのレコードはほとんど買うことができなかった。
ー そんな状況があったんですね。
チャーリー・ギレットのラジオでかかっていた曲を集めたオムニバス盤
「Charlie Gillett’s Radio Picks – Honky Tonk vol.2」
バラカン そう。ローリング・ストーンズがデビュー・アルバムでチャック・ベリーの「Carol」をカヴァーしていますよね。でも僕はチャック・ベリーのヴァージョンを聴いたことがなくて、チャーリー・ギレットにリクエストを出したんですよ。
ー バラカンさんがラジオ番組にリクエストを!
バラカン そうしたら彼が番組で僕のリクエストを紹介してくれたんです。チャック・ベリーの「Carol」のリクエストをもらったけど、レコードを持っていないからかけられないと。でも今度2枚組のベストが出るから、そのときにかけると約束してくれました。
ー チャック・ベリーの「Carol」が入手できないなんて……いまからでは信じられない話ですね。
バラカン 古いロックンロールがなんでも売ってるような時代ではなかった。でも僕はそういう音楽が大好きだし、知らない良い曲をたくさんかけてくれるから、毎週必ず『ホンキー・トンク』を聴いていました。最初は50年代のものがメインだったけど、そのうちそういうスピリットを持った新しい音楽もかけるようになっていったんです。J.J.ケイルの『Naturally』もよくかけてましたね。
当時の流行語「レイドバック」はJ.J.ケイルの曲を表すためのもの
ー 『Naturally』の発売はちょうど番組がスタートした1972年ですもんね。
バラカン エリック・クラプトンが最初のソロ・アルバムでJ.J.ケイルの「After Midnight」をカヴァーしていますよね。「After Midnight」はこの『Naturally』にも入ってるから、たしかチャーリー・ギレットはその話をしていたのかな? はっきりとは覚えていないんだけど、どういう人かは彼の話を聞いてなんとなくわかったんだと思う。とにかく曲がいいからすぐに買いに行って、めちゃくちゃハマりましたよ。
ー もう一撃で魅了されてしまったんですね。
バラカン そうですね。それにしても、すごく脱力感の強いレコードだよね(笑)。ちょうどこのころに「レイド・バック」という言葉が流行り始めたんですよ。まさにJ.J.ケイルの音楽を形容するのに使われていた印象があります。ザ・バンドみたいなルーツ・ミュージック……当時はルーツ・ミュージックとは言われてなかったけど、そういう音楽よりもさらに田舎な感じ。この人はたしかオクラホマ出身ですよね? 録音自体もすごくモコモコしてる。
ー デモテープみたいと言ったら大げさかもしれませんが、たしかに。
バラカン ブラッドリーズ・バーンっていう有名なスタジオで録ってるんだけど、こういう音が趣味だったのかな。とにかくゆったりしていて、音のことはあまり気にしてない感じがする(笑)。
ー とにかくゆるいですよね。
バラカン うん。「Crazy Mama」では原始的なリズム・ボックスを使ったりしてるんだよね。いかにもアナログなサウンド。
ー スライ・ストーンやティミー・トーマスがリズムボックスを使っていたのも同じ時期ですよね。
バラカン ちょうどこのころですよ。いわゆるドンカマ(ドンカマチック)がまだ新兵器だったんじゃないかな。

エリック・クラプトンとニール・ヤングのフェイバリットギタリスト
ー 当時『Naturally』はどのぐらい売れたんでしょうね。
バラカン そんなには売れていないと思いますよ。シェルターというレーベルは販売力もなかったし、とにかく音が渋いじゃないですか。ミュージシャン受けするような音楽ですよね。のちにエリック・クラプトンが事あるごとに彼のことを取り上げて、そうこうしているうちに有名になっていきました。クラプトンが「After Midnight」の次にJ.J.ケイルの曲を取り上げたのは「Cocaine」だっけ?
ー そうですね。1977年の『SLOWHAND』です。
エリック・クラプトン『SLOWHAND』。「コカイン」を収録
バラカン ただ、本人はツアーをやらないんですよね。ライヴが嫌いだったみたいだし、いざライヴをやってもアンプのうしろに隠れて演奏していたみたい(笑)。顔を客に見せないんですよ。
ー 売れようという気がなかった?
バラカン まったくなかったんでしょうね。どちらかというとソングライターとしてやっていこうということだったみたいです。(『Naturally』の1曲目、「Call Me the Breeze」を聴きながら)このレコードが出たころ、こんなグルーヴの曲はなかった。軽やかでゆるい感じ。いわゆる「いなたい」って言われるような曲の元祖だよね、きっと。日曜日のお昼にラジオからこんなサウンドが流れてきたら気持ちいいですよ。
Call Me the Breeze
ー シンガーとして、ソングライターとして、ギタリストとして、バラカンさんはJ.J.ケイルのどんなところに惹かれますか?
バラカン ギタリストとしては、ブルージーだけど他の誰とも違う個性的な魅力がありますよね。聴いてすぐに「あ、これはJ.J.ケイルだ」ってわかる。結構シャープな音も出すんだけど、気張ってない。ブルーズ・ギターってえびぞって弾いてる姿を連想する人が多いじゃないですか。でも、J.J.ケイルの場合はそれが一切ない。
ー たしかにそうですね。
バラカン ナチュラルですよね。歌もまさにそうだけど、力が抜けてる。自然にブルージーなんですよ。歌にしても優しい感じなんだけど、弱い優しさじゃなくて力がある。それでいてちょっとドライ。
ー 絶妙な塩梅ですよね。「聴け!」って押し付けてくるような感じではないんだけど、かといって主張がないわけでもないという。
バラカン うん、主張はあるね。たしかクラプトン以外にもいちばん好きなギタリストにJ.J.ケイルを挙げていた人がいたと思うんだけど……誰だっけかな?
ー たしかニール・ヤングですね。
バラカン そうそうそう。それがちょっと意外でした。
ー エリック・クラプトンとニール・ヤングに評価されたら、それなりにスターになっても良さそうなものですが。
バラカン ライヴをやる気があれば彼を売り込むことはいくらでもできたと思うんだけど、本人にその気がなかったからね。でもJ.J.ケイルの曲はクラプトンがよく取り上げていたし、ソングライターとしての印税はバカにならなかったと思う。
ー クラプトンをはじめとして、J.J.ケイルの曲はいろいろな人にカヴァーされていますからね。
バラカン サードアルバムの『Okie』に入ってる「Cajun Moon」はよくカヴァーされていますね。特にハービー・マンの『Surprises』に収録されているカヴァーがすごくいいんですよ。シシー・ヒューストンがヴォーカルで……あ、ちょうど「Magnolia」が流れてきましたね。
ー 初夏の睡眠時にぴったりですね。
バラカン なにかボーッとして聴けるような曲はないかなって考えていたら「Magnolia」が浮かんできたんですよ。
ー 曲の冒頭に「soft summer breeze」というフレーズがあるから、そこにちなんだ選曲なのかと思っていました(笑)。
バラカン それはたまたまです(笑)。歌詞のことはなにも考えてないですね。曲の雰囲気だけで選びました。
ー それにしても、ものすごく洗練されている曲ですよね。
バラカン J.J.ケイルの音楽はすごくシンプルなんだけど、結構そういうところがありますよね。この『Naturally』はいまだにJ.J.ケイルの最高傑作だと思うな。『Really』や『Okie』も好きだけど、全曲いいのはやっぱりこれですね。
J.J.ケイル(J.J.Cale)
1938年オクラホマ州生まれ。1960年代よりスタジオ技術者として働く傍ら、シングルを発表し、1972年にファースト・アルバム『Naturally』を発表。そのスタイルは後年のバンドに多大な影響を与えた。クラプトンだけでなく、ジョニー・キャッシュ、オールマン・ブラザースバンドなど、多数のミュージシャンが彼の曲をカヴァー。40年以上のキャリアで発表したアルバムは13枚と少ないが、その音楽は世界中に愛されている。2013年に死去。
公式サイト http://jjcale.com/ (英語)
スタッフからのオススメDreamtime Songs
ピーターさんへの取材には、高橋芳明さんをはじめ、スタッフ一同も自分が思う快眠にピッタリの曲を持ちよっています。
今回からそんな スタッフのDreamtime Songsからピーターさんにも気に入ってもらったものをご紹介します。今回は初夏にまどろみにピッタリの曲が集まりました。ぜひ聞いてみてください。
高橋 芳朗 (音楽ジャーナリスト)
Lee Fields & The Expressions – Magnolia
1960年代にジェームズ・ブラウンのフォロワーとしてデビューしたノースカロライナのシンガー。2014年公開のJBの伝記映画『ジェームズ・ブラウン~最高の魂を持つ男』では歌の吹き替えを担当している。
この曲は1990年代以降のディープファンクのムーヴメント隆盛に伴って「再発見」されたあと、2014年に発表したアルバム『Emma Jean』に収録のカヴァーヴァージョン。「JBフォロワーがJ.J.ケイルの曲を?」と意外に思われるかもしれないが、これが実に味わい深いサザンソウルバラードに仕上がっている。
ニューオーリンズに残してきた恋人に思いを馳せるシンプルな歌詞と、朴訥としたヴォーカルとの相性も抜群。就寝前、寝付けの一杯のBGMとして。
小山雅徳(Dreamtime Songs スタッフ)
Kevin Ayers – Whatevershebringswesing”
初夏にまどろむサウンドと聞いて真っ先に頭に浮かんだ曲がこれ。
自分にとって忘れられない男、ケヴィン・エイアーズのソロLPの3枚目のタイトル曲。ケヴィンは英国を代表するプログレッシブ・ロックバンド「ソフト・マシーン」の創設メンバー。風来坊のケヴィンはグループを早々と脱退。その後、ふらりとイビザ島に行ってしまい、気が向いたら音楽を作るというような生活にシフトした。
この曲は、ソフト・マシーンの盟友ロバート・ワイアットとの儚い夢心地のようなデュエットとチューブラー・ベルズで人気を博す前のマイク・オールドフィールドの瑞々しいギターソロが、深い眠りに誘ってくれる極上の1曲だ。
特に“ワインを片手に良い時を過ごそう”という歌詞がぴったり自分にはまる。
AKISUKE(世界睡眠会議 編集部)
Bruce Cockburn – When The Sun Goes Nova (Night Vision)
ブルース・コバーンは、ニューヨークの北に位置する、カナダはオタワ生まれのシンガソングライター。その彼の4作目にあたるアルバム『Night Vision』をピックアップしてみました。(JJ Cale 「Magnolia」の2年後、1973年に発表)
『Night Vision』というタイトル、そして特にジャケットのヴィジュアルが、まるで夢の中の1シーンのよう。
このアルバムを聴いてから眠ると、不思議な夢に出会えそうな気がします。
どの曲も、しっとりとした印象で素晴らしいのですが、静かで穏やかな気持ちになる「When The Sun Goes Nova」を、眠族音楽的なオススメにしました。
三浦 敦(世界睡眠会議 編集部)
Alex Chilton – Goodnight My Love
ピーターさんからも好評だったこんなDreamtime Songはいかがでしょうか。
お昼寝や入眠前のリラックスタイムにぴったりの粋なラブソングで、アレックス・チルトンが軽い感じでギターを弾きながら歌っています。
彼は16歳で全米ナンバー1ヒットを放つも、その後はカルトなロックスターとして世界中で深く愛された孤高の人。
この曲は彼が長年歌いこんできた愛唱曲で、1999年の遺作アルバムに収録されています。
恋人に「おやすみなさい、ゆっくり眠って良い夢を見て」と語りかける歌詞がこころよい眠りに誘ってくれます。

1951年ロンドン生まれ。ブロードキャスター。
1980年代から日本のラジオDJ、ブロードキャスターとして古今東西の素晴らしい音楽を紹介。日本の音楽文化を格段に豊かにした功労者のひとりであり、多くの音楽ファンから絶対的な信頼を集めている。books
ロックの英詞を読む 世界を変える歌
ピーター・バラカン著(集英社インターナショナル)
radio
Barakan Beat
「バラカン・ビート」
interFM /Sunday6.00-8.00pm
Weekend Sunshine
「ウィークエンド・サンシャイン」
NHK-FM/Saturday7.20-9.00am
Lifestyle Museum
「ライフスタイル・ミュージアム」
TokyoFM/Friday6.30-7.00pm
tv
Japanology plus
「ジャパノロジー・プラス」
NHKBS(in Japan) Tuesday3.00-3.30am
Offbeat&jazz
「オフビート&ジャズ」
WOWOW/check for dates and times
website
peter barakan dot net
取材・文 高橋芳朗
1969年生まれ。東京都港区出身。タワーレコードのフリーペーパー『bounce』~ヒップホップマガジン『blast』の編集を経て、2002年からフリーの音楽ジャーナリストに。エミネム、ジェイ・Z、カニエ・ウェスト、ビースティ・ボーイズらのオフィシャル取材の傍ら、マイケル・ジャクソンや星野源などライナーノーツも多数執筆。共著に『ブラスト公論 誰もが豪邸に住みたがってるわけじゃない』や 『R&B馬鹿リリック大行進~本当はウットリできない海外R&B歌詞の世界~』など。2011年からは活動の場をラジオに広げ、『高橋芳朗 HAPPY SAD』『高橋芳朗 星影JUKEBOX』『ザ・トップ5』(すべてTBSラジオ)などでパーソナリティーを担当。現在はTBSラジオの昼ワイド『ジェーン・スー 生活は踊る』と『都市型生活情報ラジオ 興味R』の選曲も手掛けている。
ジェーン・スー 生活は踊る
都市型生活情報ラジオ 興味R
高橋芳朗(Twitter)
小山雅徳(DREAMTIME SONGS スタッフ)
なによりレコードが大好き。音楽を通していろんな人やいろんな事との出会いを楽しんでいます。ピーターさんには30年くらい前からお世話になりっぱなしです。毎月第四水曜日渋谷BARMUSICにてDJイベント「バミューダ・トライアングル」を共催。インスタグラムやってます。(こやままさのりneedletime1963)
AKISUKE(世界睡眠会議 編集部)
広告会社で仕事をしつつ、音楽執筆(JAZZ NEXT STANDARD、ムジカ・ロコムンド etc)やイベント(BERMUDA TRIANGLE@BAR MUSIC、SECRET RISORT@CAY etc)などの活動も。
三浦 敦(世界睡眠会議 編集部)
編集部からもレコード好きの担当者がエントリー。取材のたびにピーターさん、高橋さん、小山さん、Akisukeさんの恐るべき音楽知識と曲の蓄積に触れて勉強中です。
撮影協力
Music bar 45
http://musicbar45.blog.jp/
今回の取材は、東京・渋谷にある音楽好きが集まるバー、「music bar 45」で行いました。
バックナンバー
世界の眠族音楽 Vol.8:ノーラ・ジョーンズ
世界の眠族音楽 Vol.7:アーレン・ロス
世界の眠族音楽 Vol.6:Stuff
世界の眠族音楽 Vol.5:サント&ジョニー
世界の眠族音楽 Vol.4:リオン・レッドボーン
世界の眠族音楽 Vol.3:チャールズ・ロイド
世界の眠族音楽 Vol.2:ボビー・チャールズ
世界の眠族音楽 Vol.1:ピンク・フロイド
